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木田 元氏の「私の履歴書」

哲学者の木田 元氏が日経新聞に「私の履歴書」を執筆している。木田氏は昭和20年8月時点の日本について、こういわれている。
「戦況はどんどん悪くなっていく様子だった。それでも敗戦ということなど頭をかすめもしなかったから、教育というものは怖いものだ。いずれ神風でも吹いてなんとかしてくれるんだろうと漠然と考えていたにちがいない。冗談ではなく、これがあのころの日本人の一般的な気分ではなかったろうか。」日経新聞朝刊9月8日(水)より引用。

木田氏がいうあの頃というのは、「原爆投下・ソ連参戦」以前のことだと思われる。木田氏は、昭和20年8月当時、海軍兵学校の3号(1年生の事)であった。8月6日は早朝から、江田島の沖にでて水泳訓練をしていた。そこで、広島の原爆を目撃することになる。江田島は広島から15Kmだから、直接の被害はなかったが、黒い雨が降った場所もあったそうだ。

戦争終結を探るべく、鈴木貫太郎内閣が発足したのは昭和20年4月である。鈴木貫太郎は固辞したが、天皇陛下に乞われて総理大臣に就任したとのことである。5月末にドイツ降伏。ポツダム宣言は7月27日である。このポツダム宣言を直ちに受諾というのは、上記の木田氏の回想から考えると無理と思われる。
8月14日ポツダム宣言受諾というのは、当時の日本としては精一杯の努力だったのではないだろうか。
木田氏の「私の履歴書」を読ませてもらって、そんな事を考えた。

今のわれわれ日本人はどうだろうか。その後の日本の運命に影響をあたえた、又は与えるかもしれない重大事について、正確な検証を政府に求めるべきではないかと思うのだが。例えば「プラザ合意」、「イラク戦争への関与」「失われた10年」「なぜデフレが20年近くも続いているか」など、あとで訂正しても良いから「政府見解」をまとめるよう、マスコミも国民も要求し検証していくべきではないだろうか。
気付いた時は遅かったというのは、言論の自由が認められている現憲法下では、怠慢といわれてもしかたがないと思う。
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テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

コメント

「職務経歴書の書き方」様
コメントありがとうございました。

とても魅力的な記事でした。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

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